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オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリープレゼンツ : ビューティーシークレットの遺産
崇高な門に向かって 1630年、オスマン帝国コンスタンティノープルにて。
Ep. 7
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東西世界の中心に位置し、あらゆる国籍と言語が交差するオットマン帝国は6世紀に渡り強い国力を維持していました。スルタンのハーレムには国で最も美しいとされる女性たちが集められていました。彼女たちは最高級の宝石や衣服をまとい、王を喜ばせるために舞踊をはじめ詩や音楽などあらゆる芸事について最高の指導を受けていました。彼らはハマムで神聖なくつろぎのひとときを過ごし、華やかで儀式的な生活から切り離された、静寂の世界に浸りました。そして、この穏やかな世界から自由になるために脱出することができるのは、唯一スルタンの居城にある「崇高な門」からだけでした。それは、この物語の主人公エメルが初恋の相手に再び出会うために超えることを夢見る門なのです。
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10. エピソード10 : ザイナブ王妃の夢 1072年のマラケシュ
34:35||Ep. 10政治的、商業的交渉力に大変優れた11世紀のベルベル人女性ザイナブ・アル・ナフザウィヤーの物語。当時拡大を続けたアルモラヴィッド帝国の領土はモロッコ、西サハラ、モーリタニア、現在のマリの一部、アルジェリア西部、そしてイベリア半島の南部にまで及びましたが、ふさわしい首都がありませんでした。そこで彼女は賑やかなマラケシュを首都として建設する計画を夫と共に練りました。高い教養と大胆な決断力を備えた彼女は、国民の女性達も政治に携わったり、教職や医療の職につくことを許可するなど、内政にも新しい息を吹き込みました。ザイナブと彼女の有能な使用人カイナが、幸福と美の担い手として女性が崇められたベルベル人の母権性社会の伝統に触れる機会を与えてくれるでしょう。お楽しみに。9. 海賊たちの女王 鄭一嫂(チェン・ツーイ)
31:29||Ep. 9「海賊たちの女王」の異名を持つ鄭一嫂(チェン・ツーイ)は、1775年に中国で生まれた実在の人物です。かつて娼婦だったという伝えられる彼女は軍事の天才であり、海賊の夫が亡くなると40,000人、一説では80,000人とも言われる部下を指揮して19世紀初頭のシナ海に浮かぶ商船ルートを支配しました。彼女の飽くなき権力への渇望が彼女を恐るべき戦略家にしました。このエピソードはシナ海の大部分の支配者であり、街の賭博場の元締めであり、真の海賊でもあった、あらゆる意味で強大な力を持った女性の物語です。8. チンギス・カンの戦いを受け継いだ女王
24:00||Ep. 8モンゴル人は歴史上最も広大な地を征服したと考えられています。チンギス・ハーン帝国は世界全体の国土の2割以上に相当する地中海東岸から太平洋、極東ヨーロッパ、近東、中東、中央アジア、ロシアの草原地帯、シベリアの一部、バルト海、インド北部、モンゴル、中国全土にまでおよびました。チンギス・ハーンが指揮した軍隊は規模は小さいものの、最も才能のある騎馬兵と弓兵、そして優れた軍事戦略家を率いていました。多くの暴力的制圧によって達成されたモンゴル帝国の確立は、それまで前例のなかった商業や科学、芸術の交流を可能にし、東西世界の架け橋となりました。チンギス・ハーンはシャーマニズムを実践しながらも民衆に完全な信仰の自由を保証していました。彼はあらゆる軍事作戦にシャーマンを起用し、特に健康や負傷者の治癒、自然的要因からの保護、そして美といった健康の分野で重用しました。このような歴史的背景のなか、チンギス・ハーンの娘であり、偉大なる父にふさわしい娘であり、女性であり、戦士であるアラカイ・ベキの人生を紐解きます。6. ダークタワーでの 一夜
27:58||Ep. 61920年代のアメリカでは、あらゆるクリエイティブな分野でアフリカ系アメリカ人の文化が復活し、その中心地はニューヨークのハーレムでした。それはまた、アフリカ系アメリカ人女性たちの才能が花開いた時代でもあり、彼女たちは長い間白人女性だけが持っていた美の掟から解放されたのです。奴隷の娘で、読み書きができず独学で学んだC.J.ウォーカーは、究極の象徴的存在として米国初の女性大富豪となりました。 この時代に生きたアフリカ系アメリカ人の若手作家ゾーラが、心躍らせて一流の人々が集まるパーティへ参加する様子を描いた物語をお楽しみください。5. あるサムライの婚礼
22:58||Ep. 54. ラーヤ国王の戦士訓練
32:17||Ep. 4美容習慣は女性のためだけとは限りません。このエピソードでは男性の美容習慣にスポットライトを当てています。16世紀のはじめ、ラヤ王が支配したインド南部は料理や医療、化粧品のため珍重されたスパイスの宝庫であり、その価値は金に匹敵するほどでした。「世界一恵まれた都市」の君主ラヤ王は、健康だけでなく外見にも気を配りました。アーユルヴェーダに基づく、美の儀式についての物語をオフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーからお届けします。3. 村祭りへ行くジュスティーヌ
23:16||Ep. 3ジュスティーヌは私たちの手を取り、1863年のフランスの中央西部の地方へと導く。さらに正確に言うならオリヤックの村祭り、この物語の幕を開ける、踊り泡立つスペクタクルへ。 しかし村祭りに行くには、美しく身を整えることが欠かせない。牧場の長い一日を終えると、ジュスティーヌはしっかりとした足取りで母屋に戻り、19世紀の田舎で行われていた親密なお手入れの儀式に私たちを誘う。そこではたくさんの習慣が発見される。階層によって分けられる浴場、マルセイユ石鹸、そしてフェイシャルケアとハンドケアの重要性が明らかであること。 かくして、この気前の良い食事、はじけるような喜び、踊る体の温もりを感じながら、ジュスティーヌは、身が震えるようなスリリングかつ貴重な儀式の秘密を明かす。そして彼女は肝心なことをほとんど忘れそうになる…彼女のドレスの最後のボタンを留めるのは誰?2. アルカ姫の沐浴習慣
21:33||Ep. 21831年、インドの猛暑と湿度の高さは、アルカ姫の沐浴の儀式のように、美意識の覚醒にうってつけの感覚的な機会となった。 香り高いこの空気の中で、若きアルカの心には西洋の女性の自由に対する予期せぬ憧れの感情が芽生えた。大人の自己肯定感を取得していくのに伴う自問自答の念のよって、私たちはうら若きインドの王女が日曜日に夢見る空想の世界へと誘(いざな)われる。 このセンセーショナルな儀式のチャプターで取り上げられるのはオイル、スクラブ、トリートメントだ。香り付きオイルと必需品の道具によって、たっぷりと施されるマッサージ、体を清潔に保つゴマージュ、そして熱のこもった沐浴は、身体と心に期待通りのリラクゼーションをもたらすのだろうか? この儀式は、時代も階級も文化も遥か遠くにあり、まだ始まったばかりの人生において予期せぬ事態に見舞われた若い女性の心の中へと私たちを導く。